「もう少し準備してからにしよう」「今の自分ではまだ早いかもしれない」
そんなふうに、動き出すことをためらってしまう場面は、きっと誰にでもあるはずです。
とくに、自分と真剣に向き合ってきた人ほど、「どうせやるならちゃんとやりたい」「中途半端なまま進むのは違う」と感じやすいかもしれません。
完璧を目指す姿勢そのものは、決して悪いことではありません。
丁寧に準備し、最善を尽くそうとする姿には、真摯さや誠実さがにじんでいます。
でも、それが「完璧でなければ意味がない」「完璧じゃない自分には価値がない」という感覚へと変わったとき、気づかないうちに心のバランスが崩れてしまうことがあります。
たとえば、新しいプロジェクトの提案、長く温めてきた企画、資格の取得、副業の挑戦。
「ちゃんとやれる状態になるまで」と先送りにしてしまっているもの、あなたの中にもあるかもしれません。
行動する前に迷いが生まれる
やりたいのに動けない
自信があるふりをしながら、実はずっと不安を抱えている
そんな状態が続くと、自分の意思ではなく「正しくあること」や「評価されること」が基準になってしまうんですよね。
ふと、立ち止まりたくなる瞬間があります。
完璧って、いったい誰の基準なのでしょうか。
その“正しさ”は、本当に自分にとってのものなのでしょうか。
評価のルールを自分の外側に置き続ける限り、どこまでいっても終わりが見えなくなってしまいます。
だからこそ、自分の輪郭を取り戻すためには、「足りないままの自分」を認めるところから始めてみる。
それが大切な一歩になるように感じています。
正直に言うと、私自身も「完璧じゃなくていい」と心から言い切れるわけではありません。
不安もありますし、立ち止まることも多いです。
でも、不格好なままでも少し動いてみたとき、確かに景色が変わることがあるんですよね。
結果がうまくいかなかったとしても、そこには思わぬ気づきがあります。
自分の癖に気づいたり、新たな興味が芽生えたり、誰かとの出会いが生まれたり。
完璧な準備では届かなかった何かに、出会えることがあるのです。
むしろ、「完璧になれる」と信じてしまうこと自体が、少しだけ傲慢なのかもしれません。
人は足りないからこそ、誰かを頼ることができるし、柔軟でいられる。
未完成であることは、弱さではなく、他者とつながる余白であり、自分を更新し続ける余地でもあります。
一歩を踏み出すことに迷ったとき、私もよく自分に問いかけます。
なぜ、ためらっているのか。
その“足りなさ”は本当に欠点なのか。
そして、それでも「やってみたい」と思えている自分がいるのなら、その気持ちを信じてみたい。
完璧じゃないことを、まずは自分自身が受け止める。
そのところから始めるのが、ちょうどいい。そう思うのです。
いま、あなたの中に「動けない理由」があるとしたら。
その理由ごと受けとめながら、自分らしい一歩を一緒に見つけていきませんか?
キャリアセッションでは、“整っていないままの自分”から始める対話をご用意しています。