「余白がない毎日だな」。
そんな感覚を覚えることはありませんか?
仕事に追われ、効率や成果を求められる日々の中で、つい視野が狭まりがちです。先日、「最近まったくアイデアが出てこない」というクライアントの言葉を受けて、私自身も改めて考えさせられました。
実はアイデアの希少性は、知識やスキルだけでなく、「異なる経験や視点の掛け合わせ」から生まれることが多い。つまり、“余白”の中でこそ、発想の種は芽を出すと私は思っています。
マーケティングを学ぶために大学院に通う。
これは非常にわかりやすい成長の道です。ですが、同時に“直線的すぎる”とも言えるかもしれません。
たとえば、20代女性をターゲットにしているサービスを担当していたのなら、彼女たちが熱中しているアニメやSNSに自ら触れてみる。
一見、仕事と関係なさそうなことでも、そこから得た“感覚”や“視点”が、後に大きなヒントになることがあります。
私自身も、趣味や家族との時間が、意外なところで仕事に結びつく瞬間を何度も経験してきました。
実はこんな興味深い話があります。
アリは仲間のフェロモンを辿って、餌場と巣を往復する生き物です。
けれど、すべてのアリが“ルール通り”に行動するわけではありません。
なかには、フェロモンを無視して思いがけないルートを進んでしまう個体もいる。
一見、集団から外れた“非効率な行動”に見えますが、こうした予測不能な動きが偶然にも近道を発見することがあるのです。
すると、新たに通った道にフェロモンが蓄積され、結果的に集団全体がより効率的なルートへと移行していく
つまり、「全員が優秀に見える(直線的で正解に忠実な)行動をとっている集団」よりも、
「あえて外れたり、寄り道をしたりする存在がいる集団」のほうが、
結果としてパフォーマンスが高くなることがあるという示唆です。
私たちにも同じことが言えるのではないでしょうか。
すべてを合理的にこなすよりも、あえて“意図的に逸脱”することで新しい発見がある。これこそが「余白を持つ」ということの、真の価値なのかもしれません。
「今すぐ解決策が欲しい」と思う気持ちは、当然のことです。
ですが、焦って動く前に、自分自身の内面と丁寧に向き合う時間、それも“余白”です。
自分の感情、価値観、違和感の正体。こうしたものを見つめるプロセスは遠回りに見えるかもしれません。
でも結果的に、その時間があったからこそ、迷いのない選択ができるようになる。そんな場面を、私は多く見てきました。
私たちはつい、効率や成果を求めて、隙間なく日々を埋めてしまいがちです。
でも、その“余白のなさ”こそが、アイデアの枯渇やキャリアの停滞を招いているのかもしれません。
立ち止まる時間、寄り道する時間、内省する時間。
すべてが、未来の自分を支えるための土壌になる。
今、あなたにとっての「余白」はどこにあるでしょうか?
その問いから、あなただけの道が開けていくかもしれません。